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コラム

2021年に感じた変化

ファシリテーション塾で学ぶ仲間3名と塾長のとうりょうによるチーム「ひだまり」のメンバーで、2021年に感じた変化について対話しました。

 


 

縁楽:皆さん、この1年を振り返ってどんな変化を感じていますか?

 

 

カーナ:例えば今までなら会社に行くのが当たりまえだったのが、出社するのかリモートワークするのか、といった選択肢がでてきたように、これまで当然と思ってやっていたことの意味を改めて考えることが多くなったと感じています。

 

 

とうりょう:そうですね。何かをやるのかやらないのか、という表層的なことに対して、「それは何のために?」と目的・意味を問う機会が増えたことは大きな意味があると思いますね。

いうまでもなく意味づけは自分自身がするので、人々がより主体的に選択ようになってきた、と言えるのではないでしょうか。

かつての昭和・平成の会社の中では「どうしてこれをやるんですか?」という問いは「やりたくない」と認識される風土が多くありましたが、今はその問いの意味が変わってきていますね。

 

 

Waka:今はむしろ「どうしてこれをやるのですか?」という問いに答えられない上司には、だれもついてこないように感じますね。

 

 

とうりょう:私はそれについては3つの段階があると思っています。

1つめに問いに「答えられる上司」、これは「理解」という段階です。

2つめに「自分の言葉で語れる上司」、ここで「納得」という段階になります。

そして3つめに「部下と対話しながらともに考えられる上司」です。

そのことで「自分事」につながります。

この「理解・納得・自分事」という三段階が非常に重要になるわけです。

 

2022年はこの自分事化が進んで行くという胎動を感じますね。

双方向で対話することでお互いの思いを自分事化し、深いところでつながっていく、そのような社会に向かっていくのではないでしょうか。

そういう意味では、ファシリテーションはますます社会の中で意味を持っていくことでしょう。

 

 

カーナ:確かに以前のように誰かが正解を教えてくれるのではなく、自分たちで対話しながら進むべき道を探していく時代になっていますね。

 

 

とうりょう:各企業をみていて、コロナ禍でも発展していっている組織は「やってみよう」という姿勢を推進する文化があると感じますね。

そうした文化を推進していくために、対話を通じて自分事化して出てくる内発動機が大切になると思っています。

 

 

縁楽:「やってみよう」を進めていくためには、上司は正解を教えるのではなく「対話をしながら一緒に考えよう」という姿勢であることが求められていきますよね。

 

 

とうりょう:そして私は対話には大きく3つの目的があると考えています。

一つ目は「天」。これは「なぜ?」と問いながら、目的を自分事化するということです。

二つ目は「地」。これは必要な現実としっかり向かい合うということです。

三つ目は「人」。これは一緒にやっていく仲間と、互いの価値観やビジョンを理解しあって関係性を高めるということです。

この「天・地・人」が明らかになっていくことが対話の目的であると言えると思っています。

 

 

Waka:この「天・地・人」の対話が、会社などの現実の中で実現していければ素晴らしい社会になると感じます。

会社の中で何か新しいことをやってみようとすると、当然向き合うべき現実があります。

そこをどう乗り越えていくのか、考える上でベースとしてこの「天・地・人」の考え方が大きな意味を持つと感じます。

 

 

とうりょう:その現実とのジレンマを乗り越えるために必要となるのが「心理的安全性」ですね。

この心理的安全性のある場を意図的に作り出していくことが必要なのです。

ファシリテーションを通じてそのような安心安全な場を作っていくことは非常にやりがいのあることですね。

 

 

カーナ:例えば1 on1などにも心理的安全性を意識することが必要と思いました。

 

 

とうりょう:そうですね。そのように意識を変えるためには、そこにいると素直になれる「心を開くような場」を作ることが大切なのだと思います。

そういう場づくりのためには、私はオープニングとクロージングが非常に大切だと思っています。

明るく始まり、感謝の気持ちでその場を退出していくということです。

まさにファシリテーション塾でも実践していることです。

 

 

縁楽:それを会社で実現していくためには、まず小さくとも自分自身が一歩踏み出すところから始めて行くことですよね。

 

 

とうりょう:そうです。自分自身から行動することが大切です。

そのためには、自分自身が「自在」であることが必要だと思います。

すなわち、目に見える部分は柔軟に変化しつつも、目に見えない部分はぶれないといった「自在」であるということが…。

 

 

カーナ:まさに自分を持ちつつも周りと調和していくことであり、そして自分の中にも多様な自分がいて、柔軟に変わっていくということですね。

 

 

Waka:とすると人はいつからでも変われるということでもありますね。

 

 

とうりょう:そうですね。多くの人が「これは何のために?」という問いを持ちながら生きていくようになると、多士済々の2022年がますなす楽しみになりますね。

 


 

2021年も対話を積み重ね、多くの気づきを得ることができました。

2022年もさらにその気づきを実践していきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします

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