「Yes and」でつながる世界(1)
皆さんは「Yes and」という言葉をご存知でしょうか? なんとなく聞いたことがある方も、コミュニケーションや対話の場ですでに実践している方もいるでしょう。
私は2月10日に2冊目の単著である『いったん受けとめる習慣』を上梓しました。この本の副題は〝「Yes and」で切り開くコミュニケーションの極意〟となっています。長年、私が提唱し、実践し続けている「Yes and」について、今日はお話したいと思います。
目次
・なぜ「Yes and」なのか?
・受け入れる必要はない「受けとめる」
・「いったん」でいい
・習慣化するために…
なぜ「Yes and」なのか?
いまから16年ほど前、NECの社員時代に3000人の対話会という会を開催しました。会社のビジョン、バリューを共有し、浸透することを目的とした対話会です。
そのなかで、“お互いに「Yes and」で話しましょう”というルールを設けました。すると参加したみなさんから、瑞々しくパワフルなアイディアがどんどん生まれ、新鮮な明日のエネルギーへと発展することができました。
「Yes and」はものすごいパワーを秘めています。私は人との繋がりを求めて、コミュニケーションや場づくりを行ってきました。17、8年ほどこの活動を行っているなかで、対話のセッションやコミュニケーションのベースには、常に「Yes and」があります。私の人生の隣にはいつも「Yes and」がいるといっても過言ではないでしょう。
ただ、実践しながら気づいたことがあります。多くの方にとっては「Yes but」または「No but」が普通になっていて、それ以外の受け答えの選択肢をまるで持っていないということです。
相手を否定する「But」がいかに雰囲気を悪くし、場を危険にしているかということに、多くの方が気がついていません。
お互いを否定し合う風潮、否定し合うことで自分の身を守り、否定し合うことで快感を得る。そういう空気が当たり前だと思っている。けれど、それが実は苦しいんだということを「Yes and」に出会うまで気づかなかったと多くの方が語ります。
否定し、攻撃し合う世界がいかに殺伐とするか、それがないいわば共存共栄の世界がいかに豊かで瑞々しいか、「Yes and」を通じて実感するのです。
受け入れる必要はない「受けとめる」
とはいえ、そんなに簡単に「Yes and」なんてできない…もちろんそうでしょう。Yesを「受け入れる」と捉えると、果てしなく感じるかもしれません。
また「すべてを受け入れなければいけないのか?」と思う方もいるでしょう。
ここで注意したいのは、「Yes and」の「Yes」では「受け入れる」必要はないということ。「受けとめる」だけで十分なのです。
相手の意見や気持ちを自分の中に受け入れることは、簡単ではないでしょう。初対面だったり、マイナスの感情を持っている相手なら、なおさらのこと。だから自分の体の前で、そっと優しく「受けとめる」…この感覚を大切に「Yes and」を実践してほしいと思います。
ただし、相手との関係をつくろうと無理に我慢して「Yes and」を実践しても、さらに苦しくなるだけだし、ほとんど効き目もありません。ここはしっかりと効き目のある「Yes and」のためのスタートラインをお伝えしましょう。
「いったん」でいい
私の本のタイトルは『いったん受けとめる習慣』です。相手の意見や気持ち、そして自分自身に対しても「Yes」は「いったん」で良いのです。
「いったん」を漢字で書くと「一旦」となります。「旦」は地平線から太陽が昇るようすを表しています。「元旦」が一月一日の朝を意味するように、「一旦」は朝のひととき、ひとつの朝、短時間を意味しているのです。
新しい朝、新しい一日、がはじまるように、爽やかさに清々しく、フレッシュな気持ちでただ、受けとめたいものです。
人の世間の栄花は
只いったんの夢幻の如し
〜今昔物語集〜
儚さや哀れを感じるこの歌ですが、同時に次の希望へと繋がる喜びを含んでいると私は思います。大晦日と元旦のように、穢を払い、厄を落とすことで新しい一年が始まる。水に流す、手放す、終わらせる。その先にあるスタートが「いったん」なのです。
傷つくことへの恐れから他人を傷つけてしまうようなドロドロの感情を水に流すことから始めてみませんか? 朝日を浴びて深呼吸し、新鮮な空気を身体いっぱいに取り入れる、そんなフレッシュな気持ちで「いったん」「Yes!」と受けとめてみましょう。
習慣化するために…
それでも「いったん」であってもそうそう簡単には「Yes and」ができるとは、みなさんもまだ思っていないでしょう?
〝心を無にしないと「Yes and」はできないのでしょうか?〟そんな質問をいただいたことがあります。心を無にすることなんて、死ぬまでできません! 苦手意識を持っている方にこそおすすめなのが「型」から入ることです。
相手のことを「この野郎!」と思っても、そう思う自分をいったん受けとめながら、「型」を覚えるところからスタートしてみましょう。
仏教に「身口意」という言葉があります。
これは、身(行動)、口(言葉)、意(思考・心)を指し、この3つが調和することが大切だという教えです。なかでも口(言葉)は重要で、言葉を正し、整えることで思考や行動が伴ってきます。
また、日本の茶道や武道などのあり方で「守破離」という言葉をご存知でしょうか? 「守」は教えを忠実に守り、基本を身につけることです。「破」とは自分で考え工夫する、自立の段階です。「離」とは独自の新しい世界を確立し、創造する段階を示します。「型」を守ることで、「型」に心がこもり、自立と創造の世界へと旅立つことができるのです。
「Yes and」も最初は機械的にやるしかありません。まずはテクニックを覚えることを目指すのも良いでしょう。
ただし「Yes and」という「手段」を身につけることが「目的」にならないよう注意を。「Yes and」を使ってなにをしたいのか? どんな未来を実現したいのか? をしっかりと握っておくことを忘れないでください。
私の本のなかでも習慣化するテクニックや練習方法などをご紹介しています。購入者特典として巻末には、「Yes and カード」を用いた『andフレーズ集』がダウンロードできるようになっています。このカードを使って「Yes and」を実践してみてください。
継続こそがその人の誇りをつくり、智慧のもとへと繋がります。私自身、積み重ねた「Yes and」の歳月を振り返ると、自分自身の使命である「ともに実現する」ということに巡り合えた気がしています。
あなたの志、使命、本当にやりたいことはなんでしょうか? 「Yes and」を通じてその夢をぜひ実現させてください。